プログラム設計書

大規模な開発の場合、プログラムレベルの設計書を書かされることがある。
ソースの1行が設計書の1行になることもあるのではないだろうか。

かなり私的見解だが、プログラミングの前にこんなことをしても無駄以外のなにものでもない。むしろ害である。

まず、プログラミングをしたことのない、ベンダー・子ベンダー系のSEが限られた知識で設計書を書くことがおかしい。そもそもプログラムレベルの設計書をSEが書いたら純粋なプログラマはいらない。その設計書を見て言語に置き換えるだけである。

※移行時にミスがありNewさんのコメントを頂いた時点では下記が表示されていませんでした。(2008/04/20に追加)

だからと言ってプログラマが設計書を書けばいいのかと言うとそうでもない。
設計書を書き上げたあとの変更が手間である。
実際にコーディングに入ってからこの部分ダサいなと思った場合、設計書があるためプログラマは躊躇する。
せっかくいいアイディアが生まれダサいロジックを追い出せると思っているのに設計書の修正が伴う。
設計書はレビューを受けているはずなのでおいそれとは修正できない。
リーダーにその旨を報告してもきっと「設計書通りに作って」と言われるだろう。
こうやってダサいロジックが残ったままになるか、設計書と乖離したプログラムが存在することになる。
そもそも利用目的がわからない。その設計書を見てうれしいのは誰だろう?
顧客:見ても意味がわからない。
SE:見てもよくわからない。
PG:プログラムって設計書に書きにくい。
メンテする人:ソースと仕様書違ってるじゃん!
思うに設計書が必要な範囲はこのボタンを押したら画面とDBがどうなるって結果の部分で
はないだろうか。
結果までの過程はプログラマに任せるべきである。
プログラムレベルの設計書を書いていると言う事はプログラミングをできるとことと
等しいのではないだろうか。
そういった意味でソースが設計書だと思うし、引継ぎ資料で過程部分が欲しければ
自動生成ツールで出力された設計書で十分だと思う。
参考:ぶりきじゃ:コードがドキュメントだ

2件のコメント

  1. 私も同じ立場だから、本当によくわかります。
    > まず、プログラミングをしたことのない、ベンダー・子ベンダー系のSEが限られた知識で
    > 設計書を書くことがおかしい。
    この部分は、その通りですね。

    でも、最近は【A HotDocument】などで、勝手に作ってお茶を濁しています。
    http://www.hotdocument.net/
    限られた知識の人達は満足しているようです。
    だって、知らない人達ですからね。

  2. 最近では自分からいるモノといらないモノをお客さんにきちんと提案する様にしていますが
    やっぱり大きなプロジェクトでは決められたものを変更することはとても難しいですね。
    仕様書の自動生成も役に立ちますが必要ないモノは自動でも作りたくないですね。

    Newさんコメントありがとうございました。

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